自分 の 感受性 くらい。

28件のビュー• 「駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄」 ときどき学生の頃の自分を懐かしんでは、けっきょく今の現状にも不平不満をみつけながら生活をしています。

弱さだけでなく、それを認め、克服しよう、とする気持ちも、作者だけが持っているものではない。

むしろコロナ禍を通り、アフターコロナの時代が来た時には更に、彼女の詩は輝きを増すのではないでしょうか? 音声はからの抜粋 ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるを 暮しのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ. 高校時代を愛知県で過ごし、上京して現・東邦大学薬学部に入学。

自分に辛くあたる誰かを恨むことも、憎むこともできますが、何とも思わないことや、許すこと、受け入れることも選択できるのです。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」 茨木のり子さんのこの言葉は、 時々忘れて「ばかもの」になっている私を ハッと正気に戻してくれます。

------------------------------------ 1 いばらぎ・のりこ。

乾いていく心に自分で水をやることができるし、しなやかな心を保つこともできる。

日本の近代詩には、萩原朔太郎、中原中也など、自虐姿勢の優れた詩人がいる。

確固たる志を抱くことも、苛立つことを放棄することもできる。

別冊太陽『茨木のり子』より/21歳当時のお見合い写真と「わたしが一番きれいだったとき」 たとえば、青春時代に敗戦を迎えたことを詩にした代表作「わたしが一番きれいだったとき」と合わせ、見合い写真として撮影された21歳の時の写真が紹介されています。

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